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あまくさ惣一郎

Author:あまくさ惣一郎


 平将門の生涯を追うと、平安時代中葉〜後半期の関東地方が、深刻なアナーキズムにつつまれていたことがわかります。東北の蝦夷との強いられた戦争。都の権門や国司たちによる過酷な搾取。
 関東の武士や民衆は、みずから汗を流して開拓した農地を守るため、立ち上がりました。それが、将門をリーダーとする大反乱です。
 将門は「新皇」と名乗り、「関東独立王国」を建設しようとしましたが、この歴史上初めての壮大な実験は、あえなくついえました。彼らの政権構想が、あまりに未熟だったからです。
 将門と坂東武者たちの見果てぬ夢。それが実現したのは、2世紀あまりのちのこと。源頼朝の登場まで待たなければなりませんでした。
 鎌倉幕府成立の本質は、武士による革命であり、働く者を社会の中心にすえる「世直し」とも言えるものでした。


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42 武家の棟梁・源頼信(後編)

1.源頼信と盗賊

 さて、源頼信。

 『今昔物語集』に、こんな話があります。

 頼信の家来に、藤原親孝という者がいました。
 ある時、この親孝の家に盗賊が入りました。親孝は盗賊を捕らえて縛り付けましたが、盗賊は親孝の子供を人質にとって逃亡しようとしました。
 親孝は主人の源頼信に助けを求め、子供が殺されると泣いて訴えました。

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41 時代区分についての覚書

1.日本史の時代区分には無理がある

 日本史の時代区分は、旧石器時代から始まり、縄文時代、弥生時代、古墳時代、古代(奈良・平安時代)、中世(鎌倉・室町時代)、近世(江戸時代)、近代(明治〜第二次世界大戦)、現代(ポツダム宣言受諾以降)というのが標準になっています。

 一見して、なんだか変でしょう(笑)

 旧石器と縄文(土器)・弥生(土器)は道具の名称、古墳はお墓、奈良とか平安とか鎌倉などは政権所在地。
 そして、古代〜現代という用語を使うなら、本来は原始・古代・中世・近世・近代・現代となります。
 カテゴリーの異なる区分が、いい加減につながっていますね。

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40 武家の棟梁・源頼信(前編)

1.なぜ「関東」は源氏を選んだのか?

 治承4(1180)年10月6日。

 この日、日本列島の歴史の流れを大きく変える出来事が、関東で起こりました。
 源頼朝が5万騎ともいわれる大軍を率いて、鎌倉の地に入ったのです。
 伊豆で挙兵した頼朝が石橋山の合戦で平家軍に大敗したのは、この日からわずか40日余り前のこと。
 命さえも風前の灯と思われた頼朝の怒涛のような巻き返しに、天下は震撼したに違いありません。

 源頼朝という一人の男に、関東の武士たちの「夢」が結集したのです。

 清和源氏の総帥。
 その地位がもたらすカリスマ性が、頼朝の力の源泉でした。

 それでは源氏は、なぜそれほどの影響力を関東の武士たちに及ぼすことができたのでしょうか?

 その理由の一端を、エントリ38『「八幡太郎」伝説 −源義家−』で書きました。しかし、源氏と関東のかかわりは、そう簡単には語りつくせません。
 今回とりあげようと思うのは、義家よりももう少しさかのぼる時代です。

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39 平安時代は乱世だった

1.平安時代は「平和」な時代だったのか?

『ところであなたは、平安時代というとどんなイメージを思い浮かべますか?
 おそらく、穏やかで平和的な時代を想像するのではないでしょうか。』
 

 これは、エントリの17の中で書いた文章です。

 17 ”正倉神火” と武士の誕生


 歴史小説やテレビの時代物がわりあい好きな人でも、「戦国時代」や「幕末」はイメージできても「平安時代」となると見当がつかないという人は多いのではないでしょうか?


 以下は、私がときどき参加している、『Unow? Yes/No』という一種のアンケート・サイトから。



 【追記 2009・03・08】 『Unow? Yes/No』は、2009・03・10で、サービス終了になるようです。




「どちらかなら生まれたかったのは戦国時代(Y)、平安時代(N)?」

 という質問に対し、回答総数144件、割合はYes(戦国時代)29%、No(平安時代)71%でした。

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38 「八幡太郎」伝説 −源義家−

《征夷大将軍・前史》

 「八幡太郎」源義家について、書いてみたいと思います。
 この人物は、前九年の役・後三年の役で名をはせた平安時代後期の武将で、中世にあっては伝説的な英雄でした。

1.源頼義・義家親子と、東北戦争

 11世紀の後半、東北地方に勢力を誇った蝦夷系の大豪族がいました。
 
 安倍一族です。
 
 その強大さをおそれた朝廷は、関東で力をたくわえていた源頼義(義家の父)に征討を命じました。
 それが「前九年の役」です。
 鎮守府将軍・陸奥守に任じられた頼義は、息子の義家とともに、安倍一族と数年にわたる死闘をくりひろげました。
 この戦において若武者義家の勇敢な戦いぶりは評判となり、味方からは称えられ、敵からは鬼神のように恐れられたと言われます。

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